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町工場の手帖 2026年8月

町工場の手帖

代表取締役 金川信栄

AIに書かせても、止めて確かめるのは人。

8月。北部九州のケンサキイカ漁は、今年も最盛期を迎えています。今年のイカは7月前半こそ少し小ぶりでしたが、中旬以降は「パラソル級」と呼ばれる大物が格段に増え、数もよく獲れており、豊漁と言っていい夏です。平素より格別のご高配を賜り、心より御礼申し上げます。

面白いもので、海の様子は年ごとに違います。博学な漁師さんたちは「去年と違う釣り方」をあれこれ模索しています。環境が変われば、去年まで通用した道具が使えなくなることもある。だからこそ、私たちも漁師の皆様と共に、今年も新しいエギの共同開発を続けています。海も、道具も、止まってはいられません。

さて、そんな現場の傍らで、今月は少し趣向を変えて、私たちのような小規模な町工場における「IoT・DX・AI」への泥臭い取り組みをご紹介させてください。先月は「3,000円のWebカメラで表示器を画像解析する」お話をしました。今月はその延長で、AIにどこまで任せ、どこから先は人が手綱を握るべきなのか──実際に現場で使い倒してみて見えてきたことを、書かせてください。

■ 20年来の相棒と、近年の半導体高騰

思えば、Arduinoに始まり、今はRaspberry Piまで、小さなマイコンデバイスを当社では20年近く使い続けています。手のひらに乗る基板ひとつで、現場のちょっとした計測や制御ができる。町工場にとっては、実にありがたい道具です。

ただ、最近は少し様子が変わってきました。世界的な需要増や仕様向上により、価格が高騰しているのです。たとえば2024年に約1.5万円で購入したRaspberry Pi 5(8GB)は、今や3.5万円ほど(※約2年で倍以上)。手のひらに乗るたった一枚の基板の値札に、世界経済のダイナミズムがそのまま刻まれている──そんな時代です。

それでも手放す気にならないのは、これらが「とりあえず組んでみて、動かして、うまくいかない原因を探る」ための道具だからです。そして最近、AIツール(Claude Codeなど)の助けを借りるようになって、この「原因を探る」という営みの値打ちは、むしろ上がったと感じています。

■ 3,500万円の機械を壊さないための「デバッグ」

昔のように、複雑なコードをゼロから書き上げる場面は確かに減りました。しかしそのぶん、人間の側の仕事がくっきりしてきたように思います。「作れる環境を整えること(環境構築)」と、「うまく動かない原因を突き止めて直すこと(デバッグ)」──この2つです。

そして面白いことに、これはコーディングの世界だけの話ではありません。私たちが毎日向き合っているマシニングセンタ──金型を削る工作機械も、動かしているのは「NC」というプログラムです。マクロを使って変数を渡し、ロジックを組む構造は完全にプログラミングそのものです。そして、ここにバグがあると、3,500万円以上もするマシニングセンタが一瞬でクラッシュして壊れてしまいます。だからこそ、実際の切削に入る前に、必ず人間がデバッグを行います。

そのやり方が、システム開発の現場とまったく同じなのです。1行ずつ動かす「ステップ実行」で変数の値を追うのはもちろん、ブレイクポイントも仕込みます。NCプログラムには「M01(オプショナルストップ)」という一時停止コマンドがあり、加工の途中で狙った一行で処理を止めることができます。一方、システム開発(Ruby on Railsなど)なら binding.break と一行書くだけで、その瞬間の変数の状態を手軽に止めて確認できます。

gdbのようなデバッガを別に立ち上げ、コマンドを打って外から追いかけるより、NCの「M01」やシステム開発の「binding.break」のように、見たいところへ直接一行『ここで止めろ』と書き込めるほうが、勝負は圧倒的に早い。画面上のコードを直すのも、金型を削る機械を制御するのも、根っこにあるのは「思い通りにいかない現象に対し、仮説を立てて粘り強く向き合う力」です。

■ AIの答えは「追える形」で受け取る

だからこそ、AIに何かを書かせるときも、私が求めることは工作機械の前に立つときと変わりません。出てきたものが速くて、それらしく動くというだけでは、現場には流せないのです。必ず確かめるのは「これは、途中で止めて中身を覗けるか」という一点です。

一息に走り抜ける長い処理ではなく、意味のかたまりごとに区切られていること。値がどこで作られ、どこで変わるのかを追えること。おかしくなったとき、原因の在り処を人間の側で絞り込めること。──要するに、人がデバッガを差し込む余地が残っているかどうかです。ここを手放してしまうと、うまく動いているうちはいいのですが、止まった瞬間に誰も直せなくなります。3,500万円の機械の前で、それは絶対に許されません。

AIは、驚くほど優秀な書き手です。けれど、どこで止め、何を確かめ、どこまでを任せるかを決めるのは人間の仕事です。全体の手綱は、あくまで人が握っておく。ツールが賢くなるほど、この一線は大切になると考えています。

■ 職人技の「抽象化」と、身の丈に合ったDX

そしてもうひとつ、人の側に残る大切な仕事があります。コーディングの持つ「職人技を抽象化する」力です。勘や手の感覚に頼った作業は、その人一代で途切れてしまいがちです。しかし、その作業のロジックをコード(言葉や数式)として書き起こせば、引数を変えるだけで他の作業にも応用できるようになります。削っては合わせ、微調整を繰り返す手の中の暗黙知をロジックに置き換え、次の世代へ引き継いでいく。これもまた、伝統技術を未来へつなぐ大切なやり方です。

とはいえ、そのために大掛かりな投資が必要かというと、決してそうではありません。大企業のような数千万円・数億円もかけるシステムは、私たちのような町工場には不要ですし、身の丈にも合いません。手のひらに乗る小さな基板で、現場のちょっとした計測を試してみる──手元にあったのに手をつけられずにいた課題へ、ローコストで挑戦できるようになったことこそが、本当のパラダイムシフトだと感じています。

くわえて、AIの登場で、その敷居はもう一段下がりました。以前なら「やってみたいが、調べている時間がない」と棚上げになっていたことが、今は思いついたその日のうちに形になります。できるかできないかではなく、やるかやらないかだけが残る──小さな会社にとって、これほど痛快な変化はありません。

エギづくりの本質は、どこまでも泥臭い「職人の手仕事」です。けれど、その手仕事を支える裏側で、小さく賢い技術たちが静かに働いている──そんな温かくも先進的な工場を目指して、一歩ずつものづくりに励んでまいります。

今月も、どうぞよろしくお願いいたします。

令和8年8月
株式会社キーストン
代表取締役 金川 信栄

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